統合失調症の私のきもち。

統合失調症の私が感じている病気のこと、病気のまわりにくっついているいろんな悩み、そして日々の生活などを書いていきたいと思います。

あの人がこのブログを読んでいたら、という想像

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覗き見とは違う気がする

洗濯物を畳みながら、料理をしながら、お風呂に入りながら、よく想像することがあります。

 

あの人がこのブログを読んでいたら。

 

恥ずかしいような、苛立たしいような、複雑な感情を抱きます。

 

私を傷付けたあの人が。

今も身近にいるあの人が。

会えなくなってしまったあの人が。

 

もしも、このブログを読んでいたら、何を感じるのだろうかと。悔やんだり反省したりなんて、してくれたりするのかな。それとも、一方的なこと言いやがってって、怒ったりするのかな。

 

あの人たちにできることが私にはできない

病気になったとき身近にいた、同級生のこと。大学に入ったころは、「絶対先生になる!」と決めていたのは私だけで、みんな進路は決めかねている感じだったのに、いざ時期が来ると1人残らず教師になりました。

 

躓いたのは私だけ。

あんないい加減で無責任なところがある人たちより、私の方が熱意があったはずなんだけどな。

 

18禁のHなゲームや漫画が好きだったあの子は、大学時代にそういう趣味のネットで知り合ったニートと、数年前に結婚したらしい。病気で休職とかじゃなくて正真正銘のニートで、大学時代聞いたエピソードも結構クズだったから、やめなよって言っていた相手。

 

無責任で言い訳ばっかりだったあの子は、去年デキ婚したらしい。教師なのにデキ婚。

 

唯一、あのころ拗れた関係からもう1度会うようになったあの子は、結婚式にも呼んでもらってお祝いしたけれど、本当はモヤモヤしている。

私の方は結婚式挙げなかったけどさ、お祝い、くれるって言ったのに何もないままもう2年半経ってしまったよ。こちらは夫婦で出席して、ちゃんと2人分のご祝儀あげたのに。だからせめてもの反抗で、コロナにかこつけてあちらへの出産祝いをあげていない。

 

私がこんなブログ書いてるって知ったら、ちょっとはあのころのこと、ひどいことしちゃったんだなって分かってくれるのかな。

 

今さら私に謝られても許せないけど、これからも教師をやっていくなら、しかも特別支援学校の先生をやっていくなら、私みたいな人のきもちとか対応とか、ちょっとは分かる必要があるのではと思ってしまう。

成長過程にある年齢の子たちに、教育者として、大人として関わる責任。

 

教師として働くことも、子どもを産むことも、わたしには恐いこと。それをやってのける、私を病気に追い込んだ人たち。

 

もし母が見たら

これまでこのブログで、親のことは何度か書いてきました。もしお母さんが、このブログを見たら……。悲しむんじゃないか、そんな気がしてきました。

 

感謝のきもちと、もっとこうして欲しいのにというきもち。

母は、なんとかなる! って前向きだけれど、私の現状を理解してくれないという思い。

子どものころの恨みごと。

 

発症したばかりのころ、毎晩泣いて泣いて、手を繋いで寝てもらったことを思い出しました。

あんなに迷惑をかけたのに、もっとこうして欲しい! って、病気を言い訳に、私は大人になれていないんだろうなと思います。

恐いです。大人にならなきゃいけないこと。

 

親への不満をいろいろ書いてきてしまったブログ、知られたくないと思ってしまいます。

 

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先生はきっと私のことなんて忘れてしまったのだろう

私が教師を志したきっかけの先生。憧れだったその姿を追いかけて、高校も大学も先生の母校へ進みました。

 

海外の日本人学校へ先生が行ってしまうことが決まったとき、すぐに私には教えてくれなかったことを今でも恨んでいます。

人伝いに知って、連絡したら「いやー、誰かから聞いちゃったのかな」って。

 

「言ったら泣くかなぁと思ったから、なんか言い出せなかったんだよねぇ」

なんていう自信。分かっていたんじゃないか、私の想いを。

 

向こうに行っても、手紙のやり取りをしてくれたけれど、日本に帰ってきてから音信不通になってしまいました。

帰ってくるときに唯一教えてもらっていたフリーメールのアドレスに、教師になることの不安を相談したけれど、返信が無く今日に至ります。落ち着いて携帯新しく契約したら、またメールする、住所も言うねって言ってくれていたのに。

 

今も地元の小学校か中学校に勤めているはずなので、必死に探せば勤務校は分かるかもしれないけれど、そんなことする勇気はありません。

 

先生には、ちょっと見て欲しいなと思います、このブログのこと。

あのころ、たくさん悩みを聞いてくれたその延長線上にあるようなものだから。

 

自分に憧れて教師になりたいと言った教え子がいたこと、思い出してはくれないだろうか。

いつか一緒の学校で働きたいと言ったら、「そのときまた、かっこいい授業見せてあげるよ!」って言った約束を果たせていないこと、思い出してはくれないだろうか。

 

理想が高すぎて潰れてしまったこと。こんな今の自分を知られるのは恥ずかしいけれど、本当は知ってほしい。

 

今日もこうして、投函できない手紙のようなブログを書いています。

 

sentimentalover.hatenablog.com