統合失調症の私のきもち。

統合失調症の私が感じている病気のこと、病気のまわりにくっついているいろんな悩み、そして日々の生活などを書いていきたいと思います。

ひとりぼっちのお花見と甘い玉子焼き

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桜の名所

先日、読者登録させていただいている方がお弁当について記事を書かれていて、学生時代のエピソードを思い出しました。

 

私の地元には、桜の名所と言われる場所があります。

名所と言っても、これと言って名所の無い田舎の中の名所なのですが。

 

そこは川が流れる両岸にソメイヨシノがたくさん咲いていて、公園になっています。

今では遊具はほとんど撤去されてしまったようですが、私が幼いころはブランコやアスレチックなどがあり、よく親に連れて行ってもらいました。

 

桜の時期にはいくつか屋台もあって、普段は無料の駐車場が、この時期だけ500円かかるようになります。

 

この公園は私の通った中学校からとても近く、当時中学では毎年4月にお弁当の日をもうけ、新しく一緒になったクラスの子たちとお花見ランチをするというのが恒例でした。

 

しかし、中学2年生のお花見、私はひとりぼっちでした。

 

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「一緒に良い?」が言えなくて

いじめられたり、のけ者にされていたとかではないのです。

 

2年生に進級したとき、1年生のときに一緒に過ごしていた子や同じ部活の子が1人もいないクラスに配属されてしまい、他にもいろいろとショックな先生方の異動もあり、ボーっとしているうちに、他の子たちのペアが出来上がっていたのです。

 

そのクラスの女子生徒の人数は、奇数でした。

それぞれ人数の違うグループがいくつか出来ていれば、「私も一緒に良い?」と言いやすかったかもしれませんが、見事にすべてが2人組でした。

 

私のことを気にかけてくれて、教室移動などの際に「一緒に行こうよ」と言ってくれる子たちは何組かいたんです。

それで嬉しくて一緒に過ごそうとするのですが、次の休み時間には私抜きで行動されてしまったり。そこに自分から「待ってよ~^^」と参加していくことができず、また別の子たちが声をかけてくれて、でもどっちつかずで、自分から輪に加わることができず。

 

そんなふうにして、「私はこの子たちと過ごせばいいんだ」と言い切れる相手が作れず、お花見ランチの日が来てしまったのです。

 

お菓子みたいで美味しいね

お花見ランチは、各自バラバラで過ごすのではなく、大きなブルーシートが広げられ、クラスごとに一緒になって座って行われました。

なので、ポツンと本当にひとりになってしまったわけではありません。

 

しかし私は、なんとなくそばに居させてくれそうな子たちの近くに座り、「一緒に良い?」「良いよ~」というやり取りこそはするのですが、会話には入れず。

集団の中で、まさにひとりぼっちでした。

 

食欲もなく、胸が苦しくて、母が作ってくれたお弁当もろくに食べず、お弁当箱のふたを閉めました。

 

その姿に、そばにいた女性の担任教師が気付いたのだと思います。

「お弁当、残しちゃうの?」と聞かれました。

「うん、お腹いっぱいかも」

笑ってそう誤魔化しました。

 

すると担任が「じゃあ、その玉子焼きちょうだい!」と言いました。

少しびっくりしましたが、私は残そうとした玉子焼きを担任にあげました。

「甘い玉子焼きなんだね。お菓子みたいで美味しいね」

担任はそう言って、母の作った卵焼きを褒めてくれました。

 

担任は、私の母より少し年下くらいで、私たちと同年代の子どもがいるお母さん先生でした。

 

担任は、私がなかなかクラスに馴染めずにいることや、先生たちの異動にショックを受けていることなどを把握していたと思います。

そして、私がお弁当を残して帰ってきたときの母のきもちも想像できたのだと思います。

 

お弁当の時間が終わると、そのままブルーシートでクラスの子たちとゴロゴロして過ごしました。

 

ある女子が、「脚のムダ毛が気になって」といったガールズトークを始めると、担任は自らのふくらはぎを出し「先生はムダ毛が薄いんだよ、羨ましいでしょ。これ剃ってないよ!」と、ぽっちゃりの脚を高く上げ、見せびらかし始めました。

 

女子たちは「ホントだ~羨ましい!」と言い、やんちゃな男子生徒に「ばばぁの脚なんて見たくねぇんだよ~」と暴言をはかれ、みんなで笑い合いました。

 

私がクラスに馴染むのはここからまだ時間がかかりましたが、最終的には一緒に行動できる子たちが見つかりました。

最後まで「3人組」というより「2+1」と言う感じは否めませんでしたが、それでも私がポツンとしていると声をかけてくれる子たちのいるクラスで、なんとか1年間を乗り越えられました。

 

14年しか生きていない人間にとっての1年間はとても長く、部活の人間関係も嫌なことが続き、なかなかつらい時間でした。

でも、どん底だと当時は思っていましたが、手を差し伸べてくれる人たちはたくさんいたんだなと、もっと自分に自信をもって、輪に加わって行けばよかったな、勿体なかったなと今は思います。

 

そして、本当の人生のどん底は、その後にやってきたのだし……。

このころは甘かった。

 

お弁当の話題に、昔のほろ苦いエピソードを思い出しましたというお話でした。

 

ちなみに主人も卵焼きは甘い派で、リクエストされて作ると、あのお花見の情景がよみがえります。

桜はそろそろピークを過ぎて、葉桜になっていきますね。