思考が巡る
断捨離や片付け、シンプルライフといったキーワードの本をいくつか読んでいます。
最近図書館で借りた断捨離の提唱者・やましたひでこさん監修の本は、お弟子さんたちの素敵なお家が紹介されていて、読んでいるとまるで自分の家に迎える家具を選んでいるようにテンションが上がります。
物が少ないというだけでなく、不要・不快なものを処分して、それで残ったものたちには家の一員としての理由や適切な置き場所があるんです。
ものが存在することに、ちゃんと筋が通っているというのが気持ち良いです。
私の家にはまだまだダメなところがあると思うし、本を読んで感化されるけれど、あまり大きな行動に移せず発展途中なところがあります。
でも理想の片づけや、素敵だと思う住まいの姿は、主人と共有出来ていると思います。
問題は、やはり実家です。
抱えているものが多すぎるし、父という敵がいます。
今月末にまた帰省する予定ですが、片付けのことだけでなく、父に関われば必ず不快な思いをします。
失礼でデリカシーのない行動、周りからのアドバイスや叱責を無視する、おかしな屁理屈で周囲を困らせる。
話が通じないし、気持ちが通じません。
父の言動のせいで私が傷ついたり不安定になったりしているのだ、ということをはっきりとゆっくり主人が伝え、「ちゃんと娘のことを考えてあげてください」と義理の息子に叱られても、父の心は1ミリも揺れません。
美味しい飲み物を淹れ、断捨離の本を楽しみ、素敵なインテリアに思いを馳せていたはずが…。
ぐるぐると思考は巡り、父への怒り、失望、憎しみに着地してしまいます。



父親の正体に気づく
父には、発達障がいの傾向があります。
診断はされていないし、時代的にも地域的にも、そういう気づきが無かったのだと思います。
IQは低く無いので、困った人、変わった人と思われながら、この歳まで生きてきたのでしょうか。いや、地域の人たちからは、そんなにおかしな人だとも思われていないかもしれません。
ただ、会社ではあまり使い物になるタイプでは無かったようです。
父との関りにおけるストレスを私の主治医に話すと、やはり「お父さんはちょっとASDの傾向が強いんだなぁ」「正面からぶつかったり、変えようと思わないように」と言われました。
私は大学で特別支援教育を専攻しました。
専門は、発達障がい児に対する応用行動分析学です。
臨床研究が盛んなゼミに所属し、実際に子どもたちと関わってミニ授業のようなことをするのを何コマも抱え、それをほぼ毎週行っていました。
学会に論文も提出しました。
知的障害のあるダウン症、自閉症の大人の方たちの余暇を支援するサークルにも所属し、レクリエーションを考えて身体を動かす活動や、お出かけのサポートなどもしていました。
で、それで。
それだけの活動をしていて、自分の父親のことに気づいたのはこの数年です。
父は私が高校1年くらいの頃から、大学を出て実家に帰った1年後まで、8年くらい中国に単身赴任をしていました。
だから父のこと、知らなかったんです。
小さいころは良く遊んでくれたし、怒りっぽい人でもないし、給料は少ないみたいだけれど家族のために働いてくれているんだと思っていたので、嫌いではありませんでした。
思春期以降は特別仲良しでは無かったけれど、普通の親子関係で、私が親にいろいろ相談したりするタイプでなかったのもあり、ぶつかることもありませんでした。
理屈っぽい、屁理屈ばかり言うんだというのは昔から母が愚痴っていましたが、「ちゃんとわかっているけれど、面白がって屁理屈を言ってからかっているんだ」と思っていました。
親父ギャグを言っているんだ、ぐらいの感覚で聞いていました。
ですが時が経って、私が病気になったり、アリスちゃんが病気になったり。
そういう状態の家族がいる身として、理想的なかかわり方が必要とされるときに、父はトンチンカンなままでした。
病気を理解しない、心配もしないし知識を得ようともしない、要求したことを叶えてくれない、約束を守らない。
それでどんどん衝突するようになって、私の怒りは収まらなくなり、しっかり向き合ったことで父のおかしいところをこれでもかと目の当たりにしたんです。
距離をとる、無視をする
父へのいら立ちは、発達障がいだけが原因ではないと思っています。
もともとの性格や考え方に、発達障がいが掛け算されているんです。
勉強で、サークルで、いろんな人と関わってきました。
障がいの診断名が同じでも、IQに関わらず、人は千差万別です。
ありがとうが言える人と言えない人、発語は出来るのに無口な人、陽気な人、いつも怒っている人、自慢が大好きな人、異性への欲が強めな人、暴力的な行動に出やすい人。
障がいのせいで、そういう言動をしたら周りがどう思うかといった想像や、コントロールが苦手なのは分かります。
でも結局、何を言って何をして、どんなタイプの問題行動をしてしまうか。
そこは、本人の性格が大きく関わっていると私は感じていたし、今もそう思っています。
だからゼミやサークルで関わる人に対しても、好きだと思える人と、正直嫌だなと思う人がいました。
軽いサポートで済むから好きとか、トイレやお風呂の介助も必要だから嫌とか、そういうことは全く関係ないです。
主人は、父のことを「かなり変わっている人だとは思うけれど、おれは嫌いじゃないよ」と、以前は言ってくれました。
でも晩年のアリスちゃんへの対応や、前回の帰省時のような、携帯ショップへの同行や実家の片づけを経ても、嫌いじゃないよと思ってくれているんでしょうか。
私は、父と関わると怒り狂う結果にしかならないので、もう嫌です。
父に、「私は本当にお父さんのことが嫌いだ」と正面から伝えても、きっと父の心には届きません。
「実の娘から、そんなことを言われてしまう自分」を見つめ直すマインドになんてならないんです。
「お父さんが頼んで来てもらってるんじゃないから、じゃあ来なくて良いよ~」とか言うのかな。
そんな返事をされることしか想像できないし、想像だけで、もう、嫌です。
「とにかく必要以上にお父さんと会話しないように」
「話しかけられても、怒りの方向に向きそうな言葉は無視する」
「おかしいでしょうと思うことを近くで言っていても、それを正そうと会話に入らない」
今回の帰省で気を付けることとして、主人から提案された内容です。
今回も、時間が取れたら実家の片づけを進めたいと思っています。
でも梅取りの時期と重なっているので、両親は手が空いていないかも知れません。
もともと、父がいると物の処分が進まないのでいて欲しくないと前回で分かったのですが、母もいないと、どこを進めたら良いか悩みます。
でも、少しずつでもやり続けないと、終わりが来ないので。
sentimentalover.hatenablog.com
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