原爆から79年
昨日8月6日は、広島に原爆が投下された日でしたね。
あさって9日は、長崎への投下があった日です。
爆心地に近いところにいた人、偶然が重なって生き残った人、家族を失った人。
そう言った方々のインタビュー記事をいくつか読みました。
79年経っても生々しく、それでいて、戦争を知らない私には非現実的に思える内容でした。
3か月前に映画「オッペンハイマー」を観ましたが、核も戦争も繰り返してはいけないことだと多くの人が思っているのに、なぜ一部の強い人が先導することで悲劇が起こってしまうのでしょうか。
政治経済や宗教、世界の情勢などに疎い私には、良く分かりません。
勉強して、それぞれの思惑を知ったところで、やっぱり分からないと思います。
咳が残る
コロナ自粛があけて数日経ち、昨日は出勤もして体力が戻りつつある主人。
しかしエホエホと、むせるような咳が残っています。
感染から10日以上たち、しっかりとマスクはしていますが、咳をされると周りの方は心配ですよね。
事情を知っている社内の人は、日も経っているしと変な心配はないと思っているかもしれませんが、知らない方は嫌ですよね。
昨日も社外の方とのやりとりがあり、むせてしまって焦ったと言っていました。
そういうときは、「すみません、喘息で」と言っておけば、安心されるんじゃないかと提案しました。
感染させるリスクはもう実際低いのだし、嘘も方便かなと。
私はもう長いこと発作は出ていませんが喘息もちで、咳がひどかった時は「喘息です」と積極的に伝えていました。
新型コロナまだはないころの話ですが、風邪をうつされるのではと嫌な顔をしていた人には効果がありました。
一応、感染しなかったということになっている私ですが、主人ほどではありませんがむせるような軽い咳が出ています。
疲れのせいだと思っていましたが、微熱もたびたびあったし。
主人の陽性が出た翌日に検査をして陰性だったのですが…、もしかして??
でも自粛期間は私ももちろんマスクしていましたし、スーパーとドラッグストアにしか行っていないので、知らないうちに感染源ということも無いでしょう。。。
チンパンジー登場
昨日まで、寝室を別にしていた主人。
食事もリビングと続きになっている隣の部屋まで運んでいました。
荷物が入るスツールのフタをひっくり返すとテーブルになるというものがあるのですが、そこに毎食私が食べ物を運んでいました。
以前、志村どうぶつ園だったかな? 志村けんさんがチンパンジーの、あれはパン君だったのかな? に、食べ物やオモチャを差し入れして遊ぶシーンがあったと思うんです。
ガラス張りの檻のこちらから、引き出しに物を入れて閉めてあげると、チンパンジーが取りに来て人間のような振る舞いをすると言うやつ。
あれを思い出しました。
念のため、私が近寄るときは仕切りを閉じて…

プリン、クッキー、カフェオレの差し入れ
離れると仕切りが開きます。

開けたあとテーブルを引き寄せる姿が、賢いお猿さんのよう。
この遊びを毎回するという隔離期間でした。
主人が隔離部屋からで出るごとに消毒して、一杯何か飲むごとにコップを洗ってから新しい飲みものを入れ直してあげて、毎回手を洗い…と、小さな労働が頻繁にあって疲弊しました。
お皿洗いや洗濯物を普段手伝ってもらっているので、全部ひとりでやるって大変だなと思いました。
ゴミの回収と捨てるのはいつも主人任せなので、ありがたみが分かりました。
主人も至れり尽くせりで、私への感謝が増したそうです。
咳は残りますが、後遺症もなさそうで、ヨカッタヨカッタ。
明日は病院巡り
明日の午前中、私は歯医者さんです。
そして午後から、先週の人間ドックで受けられなかった婦人科検診です。
歯医者さんは近所ですが、検診は横浜まで行きます。
主人が午後休をとってくれて、一緒に行ってくれます。
私たちが人間ドックを受けている病院は食事券をプレゼントしてくれるのですが、先週はコロナあけてすぐだったので使用せず。
明日行ったときに、横浜で夕食を食べて来たいと思います。
所見が無く、晴れやかな気分で夕食を食べられると良いのですが。
おととしは再検査だったので、気が重いです。