ネガティブ主婦の一喜一憂ブログ

基本ネガティブですが、希望をもって生きてます。いろいろと持病がありますが、最低限のお薬でそこそこの状態を保って暮らしています。動揺しやすく繊細気質な私の、病気や日々の生活の一喜一憂を綴るブログです。たまに可愛いワンコ登場☆

統合失調症のお薬と副作用

これまで飲んできたお薬と現状

現在の私は、お医者さんから「寛解と言っていいでしょう」という言葉をもらっている状態なので、飲んでいるお薬はとても少ないです。

 

〇朝・夕食後にワイパックス0.5㎎

〇就寝前にリスパダール1㎎、アキネトン1㎎

 

統合失調症に関するお薬はこの3種類だけです。頓服薬として液状のリスパダールを飲むこともあります。あとは過敏性腸症候群のお薬を飲んでいます。

 

ワイパックスリスパダールは不安や緊張、興奮などを取り除く薬です。

アキネトンは手足の震えを抑えたり筋肉の緊張をほぐす薬です。パーキンソン病の治療にも使われる薬のようです。記憶があいまいですが、たしか病気になった最初のころは、手が震えてメールが打ちづらかったような気がします。お医者さんからも時々「手が震えたりしない?」と聞かれるので、そういった症状を抑える薬も必要ということなのでしょうね。

 

ちなみに、少し前まではデパケンという薬も飲んでいました。もっとさかのぼると、ジプレキサレンドルミンコントミンといった名前にも憶えがあります。○○ミンという名前のものは、たしか睡眠導入剤だったと思います。漢方薬もいくつか飲んできたし、他にもあったような気がします。

 

現在飲んでいる薬も、1錠に含まれる成分の量がだいぶ少なくなりました。段階をおって半分ずつに減らし、それぞれ8分の1か、16分の1くらいになっているのではないでしょうか。

ただ、断薬や減薬がいつもスムーズにいったわけではありません。興奮状態が続いて眠れなくなったり、頻繁に悲しい気持ちがやってきたりと、調子が悪くなってしまうこともありました。そういったときは元の量にもどして、タイミングを見て再度チャレンジしてきました。

 

お薬手帳が何冊にも及んでおり手元にないので、具体的にどういったお薬遍歴があるのか覚えていないのですが、体調がめちゃめちゃ悪かったころに比べると、そうやっていくつもの薬を卒業してきたんだなぁと感慨深いです^^

 

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お薬には必ず副作用がある

私が信用して頼りにしているこれらのお薬ですが、もちろん副作用があります。その中でも、私にとって良くないなと感じるものは主に4つあります。

 

1つ目は、注意力の低下です。車の運転が危険とされるのは、このためです。実際、助手席に乗っていて、どうして停まるの?と思ったら信号が赤だったということが多いです。家の中でもよく家具やドアにぶつかるため、常に1つ2つくらい青あざがあります。

 

2つ目は、おなかの調子が良くないことです。元々下しやすい体質でしたが、以前とは全く違うレベルでおなかの調子が悪いです。先ほど過敏性腸症候群のお薬も飲んでいると書きましたが、良い状態の便なんてもう何年も出ていないです。ストレスや元々の体質もあるので100%副作用だとは言えませんが、体型やニキビにもかかわってくることなので、これは辛いです。

 

3つ目は、お酒を飲んではいけないことです。アルコールによって作用が強まってしまうお薬があるので、飲むことができません。元々、チューハイやカクテルなどの甘いお酒を嗜む程度にしか飲んでいませんでしたが、それでもお酒は楽しみの1つでした。病気になったのが22歳だったので、それほど幅広くお酒を知りませんでしたが、お酒を適度に楽しむ充実した大人になれなかったのは悲しいです。今はもう飲まなくても平気ですが、最初の何年かは、飲みたいよー!と荒れることもありました。

 

ラスト、4つ目。いろいろ書いてきましたが、これが私のワースト1の副作用です。それは体重増加です。20キロ太りました!!
毎年5キロずつ、4年かけて20キロです。以来、私は万年ダイエッターとなりました。病気になる前はずっと痩せていたので、太っている自分、ダイエットをしなければいけない自分になるときがくるなんて、とてもショックでした。

 

お薬は効果がある分、必ず副作用が存在します。可能性があるとされる副作用全部がすべての患者さんに現れるわけではありません。しかし、統合失調症の薬に関していえば、ほとんどの人が体重増加は経験しているのではないでしょうか。

病気の症状でただでさえ辛いのに、体型がどんどん崩れていくのは本当に悲しいことです。

 

しかし!

 

現在の私は、マックス体重から12キロほど痩せました!!

その遍歴はまた今後の記事で紹介したいと思います。

 

 副作用があっても、服薬は自己判断で止めたらダメ

最後に、副作用があるからと言って、お医者さんから処方されたお薬を勝手に止めるのは絶対にしないでください。病気の状態を良くするために、適量のお薬は絶対に必要です。

精神疾患の薬は飲んだらおしまいだとか、薬を飲まずに治すだとか、検索するとそういった内容のものが数多く出てきます。

そのような言葉を見かけると、私はとても悲しいです。それを信じた人が薬を止めてしまったり病院に行かなかったりして、症状を悪化させてしまうのではと思うからです。

 

信頼できるお医者さんと出会い、ちゃんと量を守って服薬することが、病気の改善への唯一の道だと私は思います。

統合失調症の治療はとても長い道のりだし、副作用もあって、私ももうお薬飲みたくない……と思うこともありました。けれど飲むのを止めたら、病気になったあの始めのころの地獄に逆戻りだ!と、ちゃんと飲み続けてきました。

そうやってきたからこそ、お薬の量や種類が減って、今ぐらいの状態になれたのだと思っています。

 

患者さん本人が薬を管理するのは大変なこともあるので、飲み忘れの無いよう、身近にいる方たちが確認して、サポートしてあげてください。

お薬は、本当に大事です。

 

 

 

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からだを温めると安心する

お風呂が不得意

私はお風呂に入るのがあまり好きではありません。好きではないというか、不得意です。

現在は、1日1回お風呂に入ってはいますが、髪の毛を洗うのは、汗をかいたときでなければ2日に1回です。

 

病気を発症したばかりのころは、お風呂に入るのがものすごくしんどくて、母に促されながら入っていました。ゆっくり湯船につかることもなく、シャワーですませていました。なんと、髪の毛を洗うのは週に1回でした……。

ひとりになって何か作業をするということが、とにかく不安でしんどかったです。髪の毛やからだを洗っているとぼーっとして手が止まってしまい、悲しい記憶が溢れてきてしまいます。髪の毛を乾かすということも辛かったです。とにかく、お風呂に関する全部が労働でした。

 

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温泉との出会い

しかし、偶然近くの温泉施設に行ったことで、お風呂に関するきもちがガラッと変わりました!湯船につかってからだが温まると、なんだかホッとしたのです。

もともと温泉やお風呂が好きだという方で、精神疾患にかかっていない方は、お湯につかってリラックスなんて普通のことじゃないかと思われるでしょう。しかし、心がつらい状態にある人が求めているのは、そういったレベルの安心ではないのです。

 

私は温泉に行って、目からうろこが落ちるようでした。本当に不思議なくらい、ホッとしたのです。

 

それ以来、ときどき温泉施設に行くようになりました。結婚して引っ越した現在では、月に2~3回は行っています。髪の毛を洗って乾かすのはしんどいので、できるだけ髪の毛を洗わない日に行くようにしています。

 

残念ながら家のお風呂ではここまでの安心感は得られず、現在でも入浴は手短にすませたいことの1つです。時間をかけて入ると、上がった後に汗がひかなくて、逆に体が冷えてしまうのです。ですが、シャワーだけでなく湯船につかるようにはなりました。

 

からだを温めると安心する

病院でお医者さんからも、からだを冷やさないようにということを時々言われます。知り合いの薬剤師さんからも、ショウガなどからだを温めるものを摂ると良いよと聞きました。詳しいことはわかりませんが、からだを温めることは、医学的にも安心感とつながっているようです。

何より、私は実体験としてそれを感じました。

 

統合失調症の患者さんは、とにかく安心を求めています。病気でない人には分からないことだと思いますが、そんなことで気分が変わるの?というような、自分でもよくわからないことで辛くなったり安心したりします。

 

安心のきっかけは万人に共通するものではないかもしれませんが、よかったら、温泉、試してみてください。身近な方が辛そうにしていたら、誘ってあげてみてください。

統合失調症でなくても、心がしんどくなっている人には、何らかの良い変化があるかもしれません。

 

これからも、私が感じた安心やリラックスの方法を、紹介できたらと思います。

 

仕事を辞めるか変えるか続けるか

病気と仕事

病気になったとき、仕事をもっている人が必ず悩むのは、その仕事をこれからどうすればいいのかということだと思います。

選択肢としては、まず傷病休暇をとることができると思います。しかし残念ながら、統合失調症はそんな短期間で改善するものではありません。なのでその後、①辞める、②辞めて別の仕事に就く、③そのまま続ける、という3つのうちのどれかを選ぶことになるのではないでしょうか。

 

私の場合

私の場合は就職する直前の発症だったため、始めから休暇をとるということはできず、選択肢は辞退するか、就職するか、の2つでした。

ギリギリまで苦しみましたが、私は就職を辞退しました。眠れず、食事もできず、薬の影響なのかはっきりしゃべることもできず、そわそわし、無気力で、悲しいセリフが頭のなかを延々と駆け巡っている状況では、とても仕事に就くことはできませんでした。

何より、教師になることのプレッシャーを感じ始めたころから私は体調を崩していったので、その仕事に就くというのは無理ですよね。

 

ちなみに私の地元では、学校の先生は車通勤です。私自身が運転を怖いと感じているかどうかだけでなく、統合失調症の薬を飲み始めた人間が命に係わる機械を動かすのはとても危険なことです。そういったことも併せて、私は教師になることをあきらめるしかありませんでした。

 

喪失感に苦しむ

しかし仕事を辞退したことでホッとしたかというと、その逆でした。ずっと憧れていた仕事に就けなかった無念さ。そして採用を辞退したということは、体調がよくなっても今後その自治体で教師をすることはできないのだということ。世間や同級生から取り残されてしまった寂しさ。そういった現実が、私を苦しめました。

 

私がこの時期に失ったものは3つあります。

 

まずは、ほんの短い間だけ付き合った恋人。彼のことは、一番最初にどうでもよくなることができました。それでも半年くらいは辛かったです。

 

次が友人。信頼していた人たちから手の平を返すような態度をとられてしまい、連絡も取らなくなりました。大学の友人だけでなく、高校までの友人とも距離ができてしまい、別の友人と旅行に行ったり遊んだりしていたようでしたが、私を遊びに誘ってくれることは全く無くなりました。

今では、年賀状のやり取りをする相手が3人。住んでいる場所が離れていることやライフステージの違いから、実際に会ったり食事をしたりといったことはありません。

 

そして3つめ。今でも一番喪失感に苦しんでいるのが、私の場合、仕事なんです。

私は、何者にもなれなかった。職歴がない。収入がない。これは私が失ったもので、未だ乗り越えられていないものです。

 

現実問題、病気を発症したころの私が仕事に就くことは無理でした。仕事についていたら、もっと苦しい思いをしていたことは間違いないです。

しかし今すでに仕事に就いていて、ある程度その仕事に慣れてやり方を知っている人だったら。これは私の考えですが、必ずしも仕事を辞める必要はないと思います。

 

病気の原因が仕事でないのならば

統合失調症だけでなく、うつや両極性障害、パニック障害など、そういった精神疾患で苦しんでいる人。仕事に関する決断は、慎重に行ってほしいと思います。仕事の内容や仕事での人間関係が原因で病気になった場合は、辞めるのもやむを得ないと思います。むしろそれが最善で必要な選択でしょう。

しかし仕事以外のところに原因があった場合、まずは休んで、それからお医者さんや信頼できる人と相談して決めてほしいです。

 

仕事を失うという喪失感はとても大きいです。病気をよくするために仕事を辞めたはずが、仕事を失ったことがさらに自分を苦しめるようでは本末転倒です。

それに、生活環境を変えることが病気を悪化させることもあります。

 

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福祉を利用する

ただひとつ、精神疾患の患者さんには、病院代や薬代、生活費などのお金が自治体から補助される仕組みがあります。自治体によって金額や割合、審査の厳しさは異なると思うので、お住いの自治体に相談にいってみてください。

精神科のお医者さんもこういった仕組みに詳しいはずなので、お医者さんに聞いてみるのもアリだと思います。継続的な治療が必要だと判断されたら、お医者さんの方からこの話をしてくれることもあると思います。

 

私が今、結婚してから住んでいる自治体では、病院とお薬代が1割負担ですみます。それまで住んでいた地元では、10割補助で私の負担はゼロでした。

障害者手帳を取得して、生活費として障害者年金をもらうこともできるようですが、私はその申請はしませんでした。

 

もし、生活のためにお金が必要だからと無理やり働いているのであれば、こういった福祉を利用させてもらうといいのではないでしょうか。

 

苦しい決断ですが、病気がよくなるにはどうしたらいいか。それを一番に考えて、決めてください。

 

 

 

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病気のはじまり(3)

 追い込まれた状態

私の心の調子はおかしいのでは?と思い始めたあたりまでの話を前回書きました。

 

sentimentalover.hatenablog.com

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治療が始まるまでの話は、この3つ目の記事で終わります。あと少し、お付き合いください。

 

友人との関係

振られてしまったショックで、私は友人たちに助けを求めました。この選択も、私を統合失調症に向かわせてしまったと今では思っています。

はじめは話を聞いてくれていた友人たちも、なかなか私が立ち直らないのを見て、態度を変えるようになりました。

着信拒否をされたり、迷惑だと言われたり、とにかく冷たい態度をとられるようになりました。

 

初めて精神科を訪れる

こうして過ごす中、私の体調不良はどんどんひどくなりました。この不安感やパニックはさすがにおかしいと思い、はじめて精神科に通うようになりました。

しかし最初に通った病院の先生のことは好きになれず、つらい思いをしました。

私が必死に訴えた話を、そんなのは~~ですよ、ほんとに病気だったら~~なんてできませんよ、と受け入れてくれませんでした。

 

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眠れず、パニックを起こすように…… そして夢を諦める

眠ることも食べることも、ゆっくり落ち着いて過ごすこともできない状態になり、卒業式にはとても出られる体調ではなく、逃げるようにアパートを引き払い地元に帰りました。

引っ越しの手続きなども自分でできるような状態ではなく、病院に通うようになってから実家の母に泊まり込みでずっと来てもらっていたので、全部母任せでした。

 

立て続けに恋人と友人を失い、以前に付き合っていた彼の優しさにやっと気づいた私は、それまでの経緯を以前の彼に伝えました。

彼は毎日連絡をとってくれて、恋人としての関係が再開したわけでもないのに、月に一回、新幹線に乗って実家まで会いに来てくれるようになりました。(この人が今の主人です。)

 

そして、母に頼んで教員採用の辞退の電話をしてもらい、私の大学生活は終わりました。

 

地元の病院に通い始める 

病院は最初に通ったところで紹介状を書いてもらい、地元の病院に移りました。

そちらの先生は私の顔を見るなり、「治療が必要だね。顔を見れば分かる。ちゃんと治療していきましょう」と言ってくれました。(もちろんいろいろな書類に記入をし、テストなども行いました。)

ここからやっと、わたしの闘病生活がはじまりました。

 

いろいろなきっかけでこの病気になる人がいると思いますが、治療のスタート地点にたつことが最初の難関だと思います。

私の前記事と今回の記事を読んで、こんなこと普通に起きることじゃないか、と思った方もいると思います。けれど、何をどれくらい辛いと思って苦しむかは、人それぞれです。

そしてこの病気は、だれでもなる可能性があると言われている病気なんです。

こんなきっかけで病気に?精神科に通うなんて……と、思っている人。心配だなと思ったら、ちゃんと病院に行ってみてください。すこしでも治療開始は早い方が良いです。早く治療を開始した方が、早く改善するともいわれています。

 

私のブログを訪問してくださったということは、心の病気に関して、なにか不安があるからという方もいるのではないでしょうか。そんな方は、ぜひ病院に行ってみてください。

 

 

病気のはじまり(2)

からだからのSOS

 統合失調症を発症するまで、様々な体調不良があったことは前の記事で書きました。

sentimentalover.hatenablog.com

 

今回は、具体的に統合失調症らしき症状が始まったころのことを書きたいと思います。

 

教師になることの不安 

将来への不安と、実際に仕事が始まってからの忙しさに怯え、卒業するのが怖くなっていったのが大学4年生の12月頃です。教育実習中の寝不足の記憶が、とにかく私を苦しめていました。

 

私はいてもたってもいられなくなり、教師への憧れをもつきっかけとなった先生に、久しぶりにメールを送りました。

先生とは中学卒業後も交流があり、メールや手紙のやりとりをしてもらっていました。

しかしその先生は、私が中学を卒業したのちに海外の日本人学校に赴任しており、3年の赴任を終えてすでに日本に帰ってきていたのですが、引っ越しのごたごたがあり、相談のメールを送ったころは一時的に作ったパソコンのアドレスしか教わっていませんでした。

日本に帰ってきたらまたケイタイの番号とアドレスを教えてほしい、手紙も書きたいから住所も教えてほしい、そう伝えていましたが、返事をもらえていませんでした。

 

そして案の定、相談したメールの返事は届きませんでした。

 

恋人と別れたほうが良いと思い込む

次に私が起こした行動は、交際相手と別れることでした。

教育実習であれだけ忙しかったのだから、遠距離でこれからも続けていくなんて無理だ。そう思い込んだ私は、彼に別れたいと告げます。いろいろと引き留めてくれましたが、最終的には別れを受け入れてくれました。

 

このころの私は妙にアクティブで、勢いに任せた行動が多かったように思います。

当時は気が付きませんでしたが、もう十分、心は参っていたのではないかと思います。

 

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別の相手と付き合う

彼との別れ話が進む中、私は別の男の子に告白されました。別れるのなら自分と付き合ってほしいというものでした。

しかもその男の子は大学を辞めて別の大学に入りなおす予定で、志望しているのが私の地元に近い大学でした。

 

近距離ならやっていけるかもしれないと思った私は、その彼と付き合うことにしました。しかしこの選択が、大きな不調を招くことになりました。

 

その彼との付き合いは、結局2~3週間で終わりを迎えたのですが、その間、たくさんの悲しい思いをしました。

嘘をつかれたこともあるし、人格を否定されるようなことをたくさん言われました。

お互いに良くないところがあってケンカになったとき、私も悪かったけれど正直向こうの方がそもそも問題だったのではと思いながらも、私から謝ったことがあります。「俺も悪かったよ」と言うのかな、本当なら「俺が悪かったよ」と言って欲しいなと思いながら謝ったら、「まぁ、気にしなくていいよ」と言われました。

 

今なら笑い話として話せますが、この時は落ち込みました。付き合っていくうちに優しいところも出てくるかもしれないと思い、いろんなお願いを伝えましたが、ひどいことを言い返され、一方的に振られてしまいました。

 

この時から、私の心の状態はおかしいかもしれない、と気づき始めました。

その後どんどん悪化していく経緯は、次の記事で書きます。

 

 

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病気のはじまり(1)

大学では特別支援教育を専攻

私が統合失調症を発症したのは、大学4年生の冬です。

 

大学では特別支援教育を専攻し、おもに知的障害のある子どもの教育について学んでいました。

教師になるのは、中学生のころからの夢でした。好きな先生がいて、私もこんな人になりたい!と思ったのが理由です。思春期のぐちゃぐちゃした悩みを聞いてくれたり、文章を書くのが好きだった私の書いたものを褒めてくれたり。

いつか、先生の同僚として働きたい!という期待もあって、大学は教育学部に進みました。

 

忙しさと緊張の日々 、そして小学校の教育実習

しかし、3年生になってゼミが本格的に始まり、小学校での教育実習もあり、忙しさとストレス、緊張の連続で、体が体調不良のサインを出し始めました。

まずは睡眠障害です。

次に出たのはニキビです。(ニキビには今でも悩まされています。)

そして小学校の教育実習を終え、重大なことに気づきます。

子どもが可愛く思えない……。

 

教師なりたいという夢を抱いた中学生のころ、私が見ていたのは、周りの生徒ではなく先生でした。しかし自分が教師になったら、周りの先生方ではなく、児童・生徒たちの方を向かなければいけません。

 

そもそも子どものころに抱えていたいろいろな悩みは、友人関係のことがほとんどです。世代が変わっても、子どもたちの中には自分のころと同じような攻撃性をもつ子や問題を抱える子がおり、そういった子たちに積極的に関わっていかなければいけません。

つまり、自分が子どものころ嫌いだったような子たちに、友好的に接しなければいけないことに気づいたのです。

人格が形成されていく大事な時期に、手本になり、力になれるような大人でいなければいけないのが教師です。

 

私はあの頃の先生のようにはなれないかもしれない……。

 

高すぎた理想と現実の乖離を実感し、将来に迷いが生じたのが大学3年の夏でした。

それでも積極的にゼミに取り組み、4年生になると教員採用試験のエントリーがはじまりました。迷いながらも、私は地元の小学校の採用試験に出願しました。

 

特別支援学校の教育実習

そして4年生の夏、今度は専門である特別支援学校での教育実習が始まりました。それとほぼ同時に、私は喘息を発症しました。小児喘息はなく、成人してからの発症でした。

 

特別支援学校での教育実習はとてもハードでした。

授業を考えることの難しさはもちろん、一番つらかったのは寝不足です。小学校の実習時も同じでしたが、特別支援学校でも毎日2時間ほどの睡眠で実習期間を過ごしました。

毎日のように微熱があり、咳をしながら授業をしました。

 

しかしこの実習で、ひとつ希望をもてたことがありました。それは、子供たちを可愛いと思えたことです。

意地の悪いことを言う子も、ちゃんと向き合って話をすると、一生懸命話を聞いてくれました。

クラスの中で問題が起きると、先生方がチームになって問題に対処します。小学校の実習では、問題を起こした子に一生懸命に話をしても、気持ちが通じたという実感が正直ありませんでした。一緒に実習をした同級生たちも、その程度の暴言なんてよくあるでしょ?といった姿勢でした。

けれど特別支援学校では、どんなに小さな問題も見逃さず、取りこぼさず指導していました。子どもたちも一生懸命こちらの思いを受け止めようとしてくれました。

少人数学級だからできたことかもしれませんが、ここでの教育は私の理想に近いものでした。

 

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地元の小学校教員として採用される

このまま採用試験を受けても大丈夫、かな……。そう思い、面接では、普通の小学校にも発達障害の傾向がある子どもはいると思うし、できれば通級教室を担当したいというアピールをしました。

そして、地元地域の小学校教諭として合格通知をもらいました。

 

ここまでが、私が本格的に病気を発症する前段階の話です。

 

多忙とストレス、睡眠障害、ニキビ、喘息、そして将来への不安。

 

統合失調症を発症したころの経緯は、次の記事で書きたいと思います。

 

 

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制定日:2020年9月19日

最終改定日:2020年10月9日