統合失調症の私のきもち。

統合失調症の私が感じている病気のこと、病気のまわりにくっついているいろんな悩み、そして日々の生活などを書いていきたいと思います。

自分の強迫性障害について知りました

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図書館を利用するようになりました

みなさんは、強迫性障害というものについて知っていましたか?

私は言葉は知っていましたが、その内容は良く分かっておらず、そしてこれが自分につながるものだとはあまり考えていませんでした。

 

最近、区の図書館を利用するようになり、今まで買って読んでいたようなものでない本も手に取る機会が増えました。

図書館の本って少し古いものが多いですが、本屋さんとはまた違う品ぞろえで面白いですね。

 

そんな感じでいろんな本を物色していると、ティーンズ向けの棚に「わかって私のハンディキャップ」というシリーズがありました。

そこに、「こだわりからぬけられないの」と題された、強迫性障害についての本がありました。

 

大学生のときに、心理学専攻の後輩に「昔こんな変なこだわりがあってね」と自分の幼いころの話をすると、「強迫性障害というものがありますよ」と言われたことがありました。

それを思い出し、なんとなくこの本を手に取ってみました。

 

パラパラとめくって見ると、私が幼いころにこだわって行っていた変な行動や、今でも悩まされている周囲に理解してもらえないこだわりと同じものが書かれていて、「私のことが書かれている!」と思いました。

 

この日は図書カードをもって行くのを忘れてしまったので、後日また行ってこの本を借りてきました。主人にも一緒に読んでもらいたかったからです。

 

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この本を借りました

 

「執拗な手洗い」と「何度も確認」だけじゃない

皆さんも、「何度も何度も執拗に手洗いをしてしまう」という症状や、「鍵をかけたか、火を消したか、不安で何度も確認してしまってなかなか出掛けられない」という症状のある人のお話は聞いたことがあるかもしれません。

私は、こういった症状の人がいることについては聞いたことがありました。

 

これらは、強迫性障害の症状でも有名なものだそうです。

ですが私には、この2つの症状はありません。

 

しかし、強迫性障害というとこれらが有名すぎてしまい、実態がなかなか知られていない、と。

他にもこんなことで苦しんでいる人が居ますよと書かれており、「数字や左右対称へのこだわり」や「迷信やおまじない」といったものがあげられていました。

 

この内容を知り、私の幼いころからの変なこだわりは強迫性障害だったんだ……と思いました。

 

右と左を平等に

私は幼いころ、手や足には自分とは違う命が宿っていて、右と左を平等に扱ってあげなければいけないと思っていました。

 

右手をどこかにぶつけてしまったら、左手もわざと何かにぶつける。

 

右足から靴を履いたら、脱ぐときも右足から。そうすることで、靴を履いている時間が左右平等になる。

そして、昨日は右からだったぞということを覚えていて、次の日はこれを左から行う。

これを毎日交互にすることで、より左右の足への扱いが平等になる。

 

こういった自分の中の決まり事や、何かが気になったときに解消するためにやる行動を、この本では「儀式」と呼んでいました。

まさに儀式だと思いました。

 

左右平等に関する行動は、成長するにつれて気づいたら意識しなくなっていました。

 

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数字へのこだわり

これは今でもというか、年を取るにつれてどんどん悩まされるようになったものです。

 

自分にとって受け入れられない数字があり、テレビやオーディオの音量、エアコンの温度などで、その数字を選択することがどうしてもできないんです。

 

その数字の設定がちょうど良くて快適でも、わざと1ずらしたりしてしまいます。その数字で過ごすことができないんです。

 

これらのダメな数字は、たいてい誰かの誕生日の日付です。

齢を重ねることに、嫌な経験や思い出したくない人が増えることで、この避けたい数字が増えてしまいました。

 

以前持っていたクレジットカードの番号の中に、どうしても避けたい3桁の数字(嫌な人の誕生日)が入っていて、持っているのがとても苦痛でした。

主人のカードの家族カードとして作ってもらったもので、スーパーでの買い出しなどで使っており、簡単に変えることもできず、主人がカードを切り替えたいと言い出したときは本当に救われた思いでした。

 

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おまじない

私は不安になったとき、「これをすると気分が変わった」といった行動があります。

必ずコレ! という決まったものではなく、毎回変わります。

 

例えば、不安になったときに主人に肩をトントンとしてもらうと、ふっときもちが変わることがあります。

これは「私にはこの人が傍に居てくれるんだ」みたいな理屈から来る安心ではなく、自分でも良く分からないのですが、憑き物がとれるような感覚です。

 

でも別のときには肩トントンでは効果が無く、背中をさすってもらうのが正解だったというときもあるし、どちらをしてもらっても気分が変わらないときもあります。

 

混乱して不安になったとき、お茶を飲もうかお水にしようか、どっちだどっちだと考え、たまたま正解を選べるときもあるし、不正解なこともあります。

落ち着くまで、正解になる行動を求めていろいろやります。

 

自分の中の何かがこれをジャッジするんです。

心が落ち着くための正解にたどり着けないことも多く、混乱して泣き出したりすることもあります。

 

主人にも一緒に読んでもらって

主人にもこの本を一緒に読んでもらいました。

そして私自身に、これまでこんなことがあったという話をしました。

 

主人は、私の今までの不安については見てきたけれど、この本と合わせて考えることで、より理解できた気がすると言っていました。

 

でも今は左右対称のこだわりがないので、「今の〇〇は、この本に書かれているほどではないんじゃない?」と言われ、悩みを軽く思われたと思った私は悲しくなりました。

 

主人は、「そういうことを言いたかったんじゃなくて、今は少し良くなっているんじゃない?って言いたかったんだよ」と言われましたが、今は今で数字へのこだわりや、勉強中に納得のいかない文字を何度も書き直してしまって進まず、「これを書き直さないと不合格になる」という強迫観念に縛られることや、不安を解消するための儀式の正解探しに苦しんでいることを説明しました。

 

たくさん泣いて話をしましたが、主人なりに分かろうとしてくれたみたいです。

 

「今まで、やけに数字にこだわって、温度や音量を変えたりするなとは思っていたけど、そんなふうに苦しんでいるんだね」と言ってくれました。

 

「〇〇の不安なきもちをそっくりそのまま感じることはできないけれど、不安なんだってことは分かろうとしてるし、できるだけの対応をするよ」と、特に、私が微調整した温度や音量をしれっと戻さないということは約束してくれました。

 

ちなみに、強迫性障害の治療にも、認知行動療法は良いみたいです。良いと言うか、必要みたいです。

 

sentimentalover.hatenablog.com

 

 

話が変わるんですが、主人は逆流性食道炎っぽい症状があるので、今回その本も図書館で借りてきました。

主人が私の病気に寄り添ってくれるので、私も主人の悩まされている病気について学んで、症状に良いおかずなどを出すようにしたいです。

 

今後も図書館を積極的に利用して、いろんなことを知りたいです。