阪神淡路大震災から26年ですね
今日1月17日は、阪神淡路大震災があった日ですね。
私は関西で暮らしたことはなく、このときはまだ幼かったので、震災当時のことはうろ覚えです。
リアルタイムで見た映像なのか、その後も何度も使用された映像だと思うのでいつ見たのかは分かりませんが、分断された高速道路らしきところで、前半分だけ道路から頭を出しているバスの映像は印象的で、恐怖を感じました。
私自身の経験してきたことを思うと、悲しみや苦しみを薄めてくれるもののひとつは「時間の経過」です。
でも、震災のような出来事そのものが風化して忘れられていくのは、犠牲になった方たちのことを思うと、良いことだとは思えないです。
9.11とか、他の大きな災害や事故なども、年々報道がスケールダウンしていくように思いますが、取り上げ続けて欲しいなと思います。
私の心には入ってこなかった3.11
私が生まれてから日本で起きた地震というと、阪神淡路大震災と東日本大震災が特に大きなものでした。
阪神淡路大震災のときは幼かったですが、東日本大震災のときは23歳でした。
以前にも書いたかもしれませんが。
東日本大震災は私にとって現実で起きているものではなく、実際に苦しんでいる人たちや亡くなった人たちがいるということに共感できませんでした。
なぜなら、私が統合失調症のまっただ中で苦しんでいたからです。
ドラマの再放送を眺めていたら急に映像が切り替わり、津波が映し出され、見る見るうちに街が飲み込まれ、逃げ惑う人も映って……。
何が起きているのか理解できませんでした。
テレビ番組をだらだらと流して過ごすことで、現実の自分の苦しみを考えないようにしてなんとか生きていた当時の私です。
自分の苦しみで精一杯で、東日本大震災の悲劇が入ってくる隙間は、当時の私の心にはありませんでした。
1週間ほどの間、テレビ番組は予定を変更して震災の情報ばかりになり、それに耐えられなかった私はDVDを大量に借りて、早く普通の放送に戻らないかなということばかり思っていました。
まるで人でなしですね。
今なら
現在は、あの頃よりはずいぶんまともな心理状態になったと思います。他人の悲しみや苦しみを自分のことのように感じる心が、戻ってきているように思います。
もともと病気になる前は、共感力が高すぎて辛いというぐらいでした。
今も以前のように、人のきもちがたくさん入り込んでくるようになりました。逆に、そのことで辛さを感じすぎてしまうので、HSPとか心理学を勉強するようになりました。
あんなに大きな災害があったのに、そのことで何も思えないなんて、あのころの自分はそれだけ本当に辛かったのだなと思います。
話が東日本大震災の方にずれてしまいました。今日は阪神淡路大震災の日でしたね。
私が今、何を思っても、無力で、救われる人は居ないかも知れませんが、どうか安らかに眠ってくださいと思います。
大切な人を失った人たちも、どうか生きて行って欲しいです。
大きな悲しみを経験した人の中には、今でも、私と同じ統合失調症で苦しんでいる人がいるかもしれません。
どうか、少しでも安寧な日々を過ごしてほしいです。
人それぞれの1日
今日は阪神淡路大震災の起きた日でもありますが、私の大好きな平井堅さんのお誕生日でもあるんです。
誰かにとっては悲しく辛い日でも、他の誰かにとっては嬉しい日。
70億人の人が生きていれば、地球上では毎日がそんな日だと思います。
全ての人に、悲しみのあとには幸せが訪れてくれると良いのにと思います。